【辛い+『一』=幸せになるには】
介護は単純労働という報道により、ネット上は荒れに荒れましたが、現実には抗議行動に至らず。
抗議行動を起こすにも、旗持ちがいないから起こしたくても起こせない、といった所でしょうか。
介護を生業にしている方々に伺いたいのですが、『自分が介護業界にいなかったら、果たしてこの怒りは生まれたのか?』という事です。
正確には、『介護の事を知らない状態で、この感情は生まれたのか?』
私は、介護業界にイメージだけで入った人間で更にに一度は離れた人間なのであまり偉そうな事は言えませんが、介護を知らない人間からすればあのような報道になっても仕方ないのかもしれません。
なので、介護を知らない人達に理解してもらう努力は必要なのではないかと思います。
海外では、よくデモや抗議活動が活発に行われています。
その全てが賛同できるものかは別として、行動に移す事が大切なんだと思います。
我々日本人は、ついつい周りを気にして本音が言えず行動出来ない真面目な人が多くいます。
私は介護に戻ってきてから3年半の間、周りと様々な意見を交わし合い、時には抗議してきましたが、ひとりの力では組織を変革するには至らず過労で倒れてしまいました。
Twitterを始めた事で、介護業界の様々な意見を目にして改めて思うのは、同じように苦しむ人達がたくさんいて今日も必死に生きているんだなと救われた気分でした。
ブログでは綺麗事も書いていますが、実際にはつい最近にも生きる事を諦めかけた時がありましたが、Twitterの存在が繋ぎ止めてくれました。(もちろん、それだけではありませんが。)
人間、孤独を感じるのが何よりも辛い事だと私は思うので。
誰にも理解してもらえない、誰も味方になってくれない、と苦しんでいる時は周りの事が本当にわからなくなってしまいます。
自分自身がそうであるように、孤独感に苛まれている時に生きる事すら諦めてしまいそうになるのではないかと。
自殺する行動を起こせるなら、仕事辞めればいい。
そんな安易な言葉は聴きたくない、という人も多いと思いますが、
仕事を辞める=ゼロになる
訳ではなく、
『自分を見つめ直す時間』
そう捉える事が出来れば、おのずと未来が変わります。
というより、『現在(今)』が変わります。
全ての人が必ず体験するのが、人生の最後『死』です。
そのいつ訪れるかわからないゴールに向かって、見えない未知を走っていくのか、歩いていくのか、は人にもよりますが、
『最後にどう死にたいか』
は、若くても考えることができると思います。
私は昔から、金持ちになりたい、歴史に名を残したい、他にも色んな事を期待しながら、生きてきました。
まだ叶え切れていない夢ばかりですが、結婚や子どもなど、自分には縁がないかもと思うようなタカラモノを得ることが出来ました。
これから先、まだまだ叶え切れていない夢を叶える為、こんな所で死ぬわけにはいかないのです。
辛い事から捨ててしまえば、きっと幸せがよってきます。
大抵の事はなんとかなります。
むしろ、なんとかせざるを得なくなります。
話が随分違う方向に進みましたが、それも私の生き方なので、それが文章に表れてしまっただけの話です。
何が言いたいのかといえば、本気であの報道に不満があるなら、
行動しましょう。という事です。
『今の職場に、迷惑がかかる』とかそういう事言ってるうちは、本気じゃないと私は思います。
自分の行動には責任が生じますが、本当に納得出来なければ行動に出るのが本能だと思います。
『どうせ、理解してもらえない』とか言って諦めてしまったら、そこで試合終了です。
自分で動いた先にしか『答え』はありません。